十月七日。秋晴れ。

 四ヶ月ぶりの更新です。。元気にしていました。

灼熱の長い夏が終わって、やっと秋。

やっと落ち着きました。

空気が気持ちいい。空が澄んで遠い。

そろそろ旅立ちますか。

この二年間の記憶は写真の中にだけ残る。 The Life in Days. 

とりあえず今も生きている。生きていこう。



keikeikei2001 * - * 11:37 * comments(0) * trackbacks(0)

六月九日。曇り。

 晴れた青空の日もいいけど、今日くらいのうす曇のしずかな空もいいな。

 
いまいる部屋は郊外の高台にあって、ベランダから下には鬱蒼とした竹林が見える。

その向こうには同じ色した同じような家並みがずっと続いていて、

そのずっと向こうには湾岸工業地帯の煙突から煙。

午前中は鶯や鳥達が有線放送のようにずっと鳴き続けていて、ちょっと疎ましい。

雨上がりにはアスファルトをみみずやあかへびが地面を這う。

ちょっとは自然もあるんだなぁとぼんやり思う。

なんでもないことなんでもない風景になんでもない日常。

日々が過ぎていくことが怖いと感じるのも普通のことだ。

仕事に集中しているとき、街を渡っているとき、

友人と逢っているとき、写真を撮っているときだけ

平常心でいられる気がする。それでじゅうぶんだね。






keikeikei2001 * - * 12:57 * comments(1) * trackbacks(0)

五月二十四日。雨のち晴れ。「Black Box」。

  なかなかブログを更新できなくなってのは、Twitterを今更ながら
おもしろがっている影響かしら? う〜ん、簡単だし気楽だからなぁ。。いかん。。


・・さいきん考えていたこと。

カメラ(写真)と身体と心は似ている。

自分がこうしたい、こうなればいいなぁと意思を持って行動すれば
ある程度は自分の望む状態になるのだけど、

あれ!!??なんでこんなことになっちゃってるの!!??
・・と、良くも悪くも、想定外のことが噴出してきたりする。

身体の中の細胞レベルで起こっていること、心の中の化学反応。
「Black box」。

見えないから、世に表層として出てきたとき、やっと気がつく。

カメラは「Black box」。写真は光りしか見ようとしない眼から
闇をくぐっていずるもの。


keikeikei2001 * - * 11:32 * comments(0) * trackbacks(0)

五月十一日。初夏の雨。

 
 沖縄でいうならば、いまは「うりずん」という梅雨前のいちばんいい季節。


・が、今日からしばらく雨模様らしく。梅雨の走り、だそうだ。

・でもGWも終わっておだやかな空気。雨も冷たくないからいい。

歩いているとジャスミンの香りがふとして落ち着く。


 ・さいきん時間があれば横浜をウロウロしているのだけど

あの街にいると妄想が沸くから楽しい。

土の匂いのする古さの断片が、街の片隅にまだまだ残っている。

和洋中折衷な雰囲気もいい、少しとんがった粋さとロ−カルな外れ感もいい。

長く積もり積もった時間によって作られた、街の渋いい顔。

それが震災などで消えてしまうのはしょうがないが、

再開発でどんどん消えていくのはもったいないなぁ。

日の出町駅前にある「竜宮美術館」も来年なくなるらしい。

駅裏路地の古い廃業した連れ込み旅館を、

改装されてギャラリ−とカフェにしているのだけど

すごく素敵なんだな。これが最高に。

・いつか、私なりの横浜物語を残したいな。
keikeikei2001 * - * 10:09 * comments(0) * trackbacks(0)

四月二十二日。雨。

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東京での日常の方がリアリティのない時間の過ごし方をしている。


旅の時間の方がリアルに 濃く感じるのはなんでだろう。。

淡々と。


新緑の輝く季節ですね。
keikeikei2001 * - * 12:38 * comments(0) * trackbacks(0)

春の長崎。

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長崎をひとり旅中。

人も町も優しく親切。
穏やかな気持ちになれる。


賑町の森山酒店、よかとこでした。


keikeikei2001 * - * 13:46 * comments(0) * trackbacks(0)

四月二日。晴れ。「撮ることの責任」

 
 あしきたフォトフェスでは、飯沢さんの出身地が仙台ということ、

オナカさんと本山さんが東北の被災で消えてしまった街の写真を

たまたまたくさん撮っていたということ、

今岡さんは海外の被災地をテ−マとした作品を今まで発表していたこともあり、

ト−クショ−では、

「震災後、いまの気持ち、いま写真家として」・・というようなテ−マの話になった。

・・16年前、私は神戸で震災を経験した。、といっても当時、私は海外に留学中で

神戸震災のニュ−スを知って、あわてて震災の翌日に日本に戻った。

・・生まれ故郷が、爆撃を受けたような瓦礫の街になっているのを目の当たりにして驚愕した。


・・それからしばらく、なんとか残った自宅で非日常的な被災生活を両親とともに送ったけれど、、

不思議なくらいその時の記憶の詳細が思い出せない。

思い出したくないことだから、夢中だったからかもしれない。

ただ覚えているのは、

リュクッサックかついで何時間もならんでバスに乗って、大阪まで買出しへいったこと。

普通の日常が普通にある大阪が別世界に感じたこと。

・・・・神戸の瓦礫の街には、しばらくするとカメラマンが、なぜかたくさん出現しだした。

プロっぽい人たちもたくさんいたけれど、「写ルンデス」を持ってパチパチ撮りまわっている
人もたくさんいた。

そんな彼らを見るたびに憎しみを感じたこと。

傷ついたものにレンズを向ける、その残酷な行為を

その時は憎んだ。

そして私は、写真を撮る者として「撮らない」という選択したのだけど。

でも、今、神戸は見事に復興をとげて、

震災の記憶すら、人々の中で遠くなりつつあることを感じていて

今思うことは、

あの阪神の震災は、写真なりなんらかの形で

ちゃんと記録されるべきものだった、と思うのだ。

記憶するために。


傷ついた街や人を「撮ってしまった者」への責任というものはあるだろう。

それは、そのことを、なんらかのメッセージとしで後世に残すことだろうと思う。

写真はやはりどうしても、記憶と記録という宿命を担うものだから。




・・・・・・・ところで、

 ツイッタ−始めました。興味なかったけど、
震災で携帯が使えないとき、とてもやくにたったとかなんとか。
今日で二日目。やってみたらちょっと楽しい。
keikeinomunomuでつぶやいてます。ま、またすぐにあきてやめちゃうかもですが!?
keikeikei2001 * - * 23:25 * comments(0) * trackbacks(0)

三月二十七日。「あしきたフォトフェスティバル」無事終了。

 

天候にも恵まれて、盛況の中、無事にフォトフェスタを終えました。

係わっていただきました関係者、スタッフ、地元役場の皆様、

そして、遠くからわざわざ足を運んでくださいました皆様、
本当にありがとうございました。

九州での写真イベントや交流の場が
また今後もいろんな形で続いていくといいですね。

*塩釜市への義援金もありがとうございました!
責任を持ってお送りさせていただきます。

keikeikei2001 * - * 12:06 * comments(0) * trackbacks(0)
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